For RENTAL Only




その日。
大量のホワイトデー用のお菓子の発送手配を終えたルルーシュは、私室の書斎で真剣な顔を端末に向けていた。
バレンタインに大量のチョコをもらえると思っていたルルーシュは、その期待を見事に打ち砕かれ、結局一個しかチョコをもらっていないのだから、お返しは、貴重な一個のチョコをくれたジェレミアだけに返せばいいことなのだが、そのジェレミアがこれまで一度もホワイトデーにお返しをしたことがないと聞いてしまったからには、主人としてはこれを放っておくわけにもいかず、ジェレミアの代わりに大量のお返しを用意したのだ。
端末の画面には、ジェレミアにチョコを送りつけてきた人物のリストがずらずらと映し出されている。

「そんなことをルルーシュ様がなさらなくても」

ジェレミアは恐縮したが、ルルーシュは自分の仕事をそっちのけで、手隙の人員を総動員してリストを作成し、漏れなくお返しを送り返したのである。
それに費やした時間と経費は半端なものではなかった。

「あのルルーシュが?」

スザクは顔を顰めて、ルルーシュの行動に不審を抱いている。
スザクだけではなく、C.C.もジェレミアさえもがルルーシュの行動を訝しんだ。
普段からなにかとジェレミアの世話を妬いているルルーシュだったが、嫉妬深いルルーシュがジェレミアがバレンタインデーにもらったチョコのお返しを自ら率先して用意すると言うのはどう考えても不審でしかない。

「ジェレミアは俺の大切な臣下だからな・・・その面倒を見るのは主君として当然のことではないか」

などと、もっともらしいことを言って、ジェレミアを感涙せしめていたようだったが、守銭奴・・・基、倹約家のルルーシュが莫大な費用を費やして、機嫌良くジェレミアの尻拭いをすることなど、ありえないことである。

「なにを考えているのだ?」

端末の画面を凝視するルルーシュに、いつからそこにいたのか、C.C.が不審の顔を向けている。

「・・・なんだ、お前まで。俺がジェレミアの為に何かをしてやるのがそんなに納得できないのか?」
「ジェレミアの・・・為?散々あの男を玩具にしているお前の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった・・・」

胡散臭そうな視線をルルーシュに向けて、C.C.はニヤリと口端を歪める。
そして、

「・・・今度はなにを企んでいるのだ?」

ズバリと決めつけて、歪めた口端をニィと吊り上げた。





ホワイトデー前日の3月13日。
早朝から呼び出しを受けたジェレミアは、緊張した面持ちでルルーシュの部屋で畏まっていた。
着替えを済ませてジェレミアの前に現れたルルーシュの手には、分厚い書類が握られている。
それをテーブルの上に置いて、椅子に腰掛けたルルーシュはとても機嫌が良さそうだった。

「おはようございますルルーシュ様」
「ああ、おはよう」
「火急のお呼び出しと伺いましたが、なにかあったのですか?」
「差し迫ったことはないのだが・・・まずはそれに目を通しておいてくれ」

言われてジェレミアは、先程ルルーシュがテーブルの上に置いた書類を手に取った。
パラパラと捲って、書類に目を通したジェレミアが次に顔を上げるまでには、たっぷりと30分はかかっただろうか。
ルルーシュを見上げる顔には不審の色がありありと浮かんでいる。

「あの・・・これは・・・?」
「今後のお前の予定だ」
「・・・は?」

思わず聞き返したジェレミアは、予想以上に間の抜けた顔をしている。
手にした書類とルルーシュの顔を交互に見比べながら首を傾げているジェレミアに、思わず笑いが込み上げてくるのをグッと堪えて、ルルーシュはわざとらしいほどに真剣な表情を作った。

「指定された時間に指定された場所に行き、そこに書いてある人物に会ってくれるだけでいいのだが?」

言われて再び書類を注視すれば、顔写真入りのリストには時間や場所なども詳細に記されてある。
しかし、顔を上げたジェレミアはまだ納得できない様子で、無言のまま瞳だけでルルーシュに何かを訴えかけているようだった。

「・・・なんだ?言いたいことがあったら言ってみろ」
「ここに載っている方々全員と会うのですか?」
「そうだが?」
「私一人で?」
「当然だ。相手はお前とデートする為に大金を払っているのだからな」
「・・・は?あの・・・ルルーシュ様?今、何と、仰いましたか?」

思わず聞き返したジェレミアの顔は蒼ざめている。
それをきっぱりと無視して、ルルーシュは今後のジェレミアの行動予定の趣旨を説明し始めた。


「お前はわが国の有望な資産だ。これを無駄に眠らせておくのは勿体無いと思わないか?個人の持っている才能を最大限に引き出し、それを上手く活用してやることこそが主君の務めだと俺は思っている。お前は軍人としても優秀だが、戦闘能力が高いだけでは平時には何の役にもたたない。そこで俺はお前の能力を存分に活用できる二次的な産業を思いついたのだ。考えても見ろ。お前は先月のバレンタインに、あの天然コマシのスザクをも軽く上回る数のチョコを確保した。これを才能と言わずしてなんと言おう!これはもう立派な才能だ!!」

とかなんとか、趣旨の説明をし始めたルルーシュのもっともらしい前置きは、たっぷり2時間はあっただろうか。
熱弁を振るうその姿に、ルルーシュの実父である前の皇帝の姿が重なって見えたような気がした。

「自覚がないかもしれないが、お前は常に無駄な色気を振りまいて歩いているらしい。それが証拠に、ホワイトデーに一度もお返しをしたことがないにも関わらず、毎年大量のチョコを貰えているではないか。そこで俺は考えた。題して、”ジェレミアレンタル計画”だ!試しに一週間前に送ったホワイトデーのお菓子の中にモニター募集の折込チラシを入れたのだが、なかなかの反響ぶりでな・・・キャンセル待ちの状態だ」

「世の中、どこにどんな商売の種が落ちているのかわからんな」と、ジェレミアを見下ろすルルーシュの顔は上機嫌である。

「・・・質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「なぜ、レンタル・・・なのですか?」
「馬鹿者!売ってしまったらそれっきりではないか!レンタルなら回収して何度も繰り返し商売ができる!」

冷徹な言葉でそう言ったルルーシュは、ジェレミアを手放すことを惜しんでいるわけではなさそうだった。
「ルルーシュの玩具」から「ブリタニアの資産」に格上げされたのだか格下げされたのだかわからないジェレミアは、涙目になりながら情けない顔をルルーシュに向けている。

「安心しろ。お前の身の安全はしっかりと守ってやる」
「ほ、本当ですか?」
「ボディータッチは別料金だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルルーシュ様」
「ロイド全面協力で、追尾式衛星カメラと、街中の情報カメラをフル稼働してお前の行動をすべて監視し、万が一に備えて、私服の警護兵を30人ほど配置する予定だ。それでももし相手がお前の体に触ったりしたなら、レッドカードを持ったC.C.が飛び出していく寸法になっている。その際、C.C.にはオプションメニューの料金表を提示させるつもりだ」

ヤキモチを妬いてくれているのか、それともただの商品としてジェレミアを見ているのか、複雑な心境のジェレミアだったが、やる気満々のルルーシュの命令には逆らえない。
諦めて、分単位のスケジュールが記されている書類を捲っていたジェレミアの手が、最後の一枚を捲ったところでピタリと止まった。
凍りついたような顔をして、さっき以上に蒼ざめているジェレミアの体は小刻みに震えている。

「どうした?」
「あ、あの・・・これは?」

そう言って、書類の中から抜き取った最後の一枚を、恐る恐るルルーシュの前に差し出した。

「ああ、そいつか・・・」

こともなげにそう言い放ち、ルルーシュはどうでもいいような顔をジェレミアに向ける。

「なぜ、シュナイゼル様のお名前がここにあるのですか?」
「なんだ?お前知らなかったのか?送られてきたチョコの中にシュナイゼルからのチョコも入っていたぞ」
「・・・え゛!?」

送られてきたチョコをいちいちチェックしたことのないジェレミアは知らなかったが、シュナイゼルは毎年バレンタインに、ジェレミアにチョコを送りつけていたらしい。

「随分とお前にご執心のようでな・・・真っ先に問い合わせてきたぞ?その心意気に免じてスペシャルプランを用意したのだが・・・」
「い、嫌です!どうかシュナイゼル様だけはお許しください!」
「そうはいかん」
「わ、私がどうなってもいいと、ルルーシュ様はお思いなのですか!?」

シュナイゼルの書類に記されている行動予定では、最後にホテル行きになっている。
つまり、シュナイゼルに体を与えろと言うことなのだ。
一体どれくらいの金額を提示してきたのか、金の亡者に成り果ててしまっているルルーシュは正常な判断力を失っているのだろう。
しかし、ルルーシュは以外にも冷静で、その顔に含み笑いを滲ませているようにも見えた。

「お前がなにを考えているのかは知らんが、シュナイゼルには指一本触れさせないから安心しろ」

そう言って、ルルーシュはジェレミアの前に透明な液体の入った小さな瓶を差し出した。

「これは強力な睡眠誘発薬だ。飲み物か何かに一滴入れただけでも充分に効果がある。お前がシュナイゼルを誘うだけ誘ってその気にさせたら、押し倒される前にこれを使え」
「そ・・・そんなことをして、大丈夫なのですか?」
「心配はいらん。あいつはこんなものくらいで死ぬほど柔ではない。ゴキブリ並みの生命力だ」
「・・・はぁ」
「お前がこれをあいつに飲ませて眠らせたら、金目のものを全部奪って戻ってくればいいだけのことだ」
「・・・・・・・・・・ルルーシュ様?それって、・・・私に昏睡強盗をしろと・・・?」
「人聞きの悪いことを言うな。立派な商売だ」
「し、しかし・・・これは犯罪なのでは?」
「俺に無断でお前に不埒な真似をする方がよっぽど重罪だ!罪を犯した者が罰を受けるのは道理ではないか」

そうなるように仕組んでいるのはルルーシュなのだが、それを言ったところで、この独裁者がそれを素直に認めるはずもない。
しかし、ジェレミアにはどうしても腑に落ちないことがあった。
ルルーシュが異母兄弟のシュナイゼルを嫌っていることは知っているが、いくら嫌っているからと言ってもそこまでする理由がわからない。
その疑問をジェレミアが口にすると、ルルーシュは途単に不機嫌な顔になった。

「・・・あいつは毎年お前にチョコを送っておきながら、、可愛い弟である俺には虫ピン一本くれたことがないんだぞ!」
「そ、それはルルーシュ様がシュナイゼル様をお嫌いになっているのを知っておられるから・・・なのではないのですか?」
「そんなものは関係ない!バレンタインに可愛い弟にチョコを贈らない兄がどこにいる!?それとも俺は可愛くないとでも言うのか!?」
「いや、それは・・・」

都合のいいときだけ「可愛い弟」を自称するルルーシュを、ジェレミアは遠い眼差しで見つめた。
黙ったまま、何も言わずに椅子に腰掛けて微笑んでいるだけなら、ルルーシュは充分すぎるほど可愛げがあるのだが、中身がこれではその見目麗しい容姿も台無しである。

「そーゆーわけだから、しっかりと俺の為に働いてきてくれ。くれぐれも言っておくが、先方には粗相のないようにしろよ?大事な顧客だからな」